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食事と筋トレを淡々と記録するよ

食事と筋トレを記録するだけのブログ

起業なんて昔は誰もがしていたし、今でも誰でもできる

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意識の低い起業でもいいじゃないか

会社辞めて起業したい。
そう考えて、先週は起業しても食っていけるか、市場調査をしていました。

なんとかなりそうな目処が付いたので、起業を決心しました。

「起業する」というと、とても意識が高いことのように感じますが、それだけではないんだ、と最近気付きました。

世界を変える、イノベーションを起こす、といった壮大な志がなくとも、自分一人がなんとか食っていければ良い、という程度の目標でも、起業しても構わないのです。

この記事は、まさに僕の考えと似ており、深くうなずきました。herrlicht.hatenablog.com

雇う側と雇われる側は搾取する側と搾取される側という関係でしかないのか

ここ数年、「働く」ということに大きな関心を持っています。ネットでも、よくそういう記事を読みます。

いくら働いても、収入が増えない。そういう時代のようです。僕も、ここ数年は営業成績は最上級なのですが、収入はほとんど増えていません。

雇う側と雇われる側は、搾取する側と搾取される側、という関係でしかないのでしょうか。

企業は、人、物、金を集めることで、社会に価値を提供し、報酬を得ます。

提供する価値の製造工程が複雑になるほど、人、物、金を大量に集めなくてはなりません。

たとえばスマホ。たとえば自動車。あるいは、Googleのようなサービス。

これらを社会に提供し、報酬を得るには、膨大な量の人、物、金が必要です。そして、それらを管理するのは大企業です。大企業という人の作った組織には権力が生まれ、富の偏在が起こります。

集まる人、物、金の量が多いほど、権力と富の偏在は大きくなります。

派遣切り、ブラック企業、大企業と下請け。

雇う側と雇われる側は、搾取する側と搾取される側、だけの関係だけではないとしても、企業の本質が利潤を追求する組織であり、資本主義が加速する限り、そこに向かっていくことは避けられないのではないでしょうか。

起業なんて誰もがしていたし、これからも誰もができる

僕が努めている企業は中小企業ですが、そこにも権力と富の偏在はあります。

転職しても、企業に属する限り、搾取される側、という本質は変わらないでしょう。搾取される側、という表現がきつすぎるなら、権力に振り回される側、と言ってもいいです。

搾取される。あるいは権力に振り回される。それがいやなら、起業してそこから抜け出すことはできないか。

インターネットの普及で働き方が変わった、起業しやすい時代になった、という記事は、よく見かけます。

一方で、ネット普及以前から、企業に属さず一人で仕事して食っている人は沢山いました。

身近なところでは、僕の父親がそうです。

僕の仕事の取引先も、一人で楽しそうに仕事している人はめずらしくありません。

出典は忘れてしまいましたが、現代は明治時代に比べると、職種数がとても減っているそうです。

昔は、今よりも多様な職業があったわけですね。

そこから工業化が進み、資本が集積し、前述のような大企業が出現していくわけです。つまりは「大企業に勤めて安定を得る」というような価値観は、ここ数十年だけのもので、それが瓦解した今、また多様な職種が生まれていくのではないでしょうか。

僕の本棚に「江戸商売図絵」という本があって、これには江戸という都市を支えた庶民の生業が描かれています。

江戸商売図絵 (中公文庫)

江戸商売図絵 (中公文庫)

開いて、パラパラとめくると、多様な職種が描かれており、眺めているだけで楽しくなってきます。なんだかよくわからない商売も多いですが、たくましく生きていこうとするバイタリティは感じます。おそらくは、食っていくためにあらゆることを考え、起業し、働いたのではないでしょうか。

僕もまた、彼らのように、自らの職で社会に貢献し、生きていきたい、と考えています。