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食事と筋トレを淡々と記録するよ

食事と筋トレを記録するだけのブログ

行動して相手の反応を学習して経験値を高めることで他人の目が気にならなくなる---読書感想文「心配ぐせをなおせばすべてが思いどおりになる」

読書メモ

はじめに

お友だちのRYさんから本をご紹介いただいたので読んでみました。
いい本だったので感想文を書いてみます。

心配性とは「生きるエネルギー」

そもそも、心配とは悪いことではなくて、心配があるからこそ生きていけるのだと、本書では「心配」を肯定しています。
たとえば、動物だって、えさの心配をしたり、敵から逃れる心配をしたりして生きているわけです。

有名な経営者も、心配して悩んだからこそ、良い経営を行えたと。

僕はいつもなにかに心配しているのですが、改めて心配を肯定してもらえると、なんだか安心しました。

そのうえで、心配しなくていいことや、心配してもむだなこともあって、そんな心配は無くした方がいい、と。
そのための習慣が、次のリストです。

むだな心配をなくす8つの習慣

1. 辛い現実を受け入れる
2. 心配を反省に切り替える
3. 過去は良い未来を築くタネとして存在する、と考える
4. 現状の中で、何ができるか考える
5. 厳しい現実は、笑い話にする
6. 状況が変わらなければ自分が変わる
7. 変化は怖いが、ひとまず受け入れる
8. あるがままの自分を受け入れ、人と比較しない

このリスト、アドラー心理学の自己受容や、課題の分離に通ずるところもありますね。

他人の目が気にならなくなるために

心配には様々な種類があると思いますが、他人の目が気になる、という種類の心配は、やっかいです。

「嫌われる勇気」にも、自意識過剰のくだりがありますが、これってナルシストだからでは無くて、自分に自身がないからなんです。

自身がつけば自意識過剰はなくなるんでしょうか。でも、たぶんそんな自身なんかいつまで経ってもつかない。ではどうすればいいんでしょうね。

本書には、「他人の目が気にならなくなる5つのレッスン」というのがあって、そのうちのはじめの2つが、自意識過剰の壁を破る方法となる、と感じました。

一つ目は、「まずは行動して反応を確かめてみる」。二つ目は「自分が心を開けば、相手も心を開く」。これだけです。

「まずは行動して反応を確かめてみる」ですが、「他人がどう思うだろう」、から「私はどうしたい?」に視点を切り替える。そして行動することで、他人の様々な反応を学習できる。

「他人がどう思うだろう」という心配なんて、なんの根拠も無くて、意味が無いわけです。そんな心配するなら、行動して周囲の反応を得た方が、いい。

「私はどうしたい?」というのは自己主張であって、自己主張を積み重ねることで、経験値がアップするわけです。コミュニケーションスキルの高い人って、この経験値が高いのかもしれませんね。

他人とうまくやっていくためには、相手の気持ちを想像することが大事、とはよく言われることですが、それも、この経験値が高まることで、想像できるようになるわけです。

そういった、実際の体験を積んでいくしかないんですね。

まさに僕も「他人がどう思うだろう」と気になることが多くて、自己主張が足りないなあ、と。

そして、「他人がどう思うだろう」と気にすることが、相手の気持ちを想像することだ、と勘違いしていたのかもしれません。このあたりは、読んでて少しぎくりとしました。

二つ目の「自分が心を開けば、相手も心を開く」は、一つ目の「まずは行動して反応を確かめてみる」と一体ですね。自分の心を開く、というのは、怖い行動です。空気を読むことばかり気にして、自分の心は開かない、というのは「嫌われる勇気」によれば、自分を守るための行動でしかないわけです。

会議でこんな意見言ってみようか。お客さんにこんなこと勧めてみようか。それでどんな反応が返ってくるかはわからないのですが。怒られるかもしれないし。

でも、空気をあえて読まず、心を開いて自己主張する。そういった行動をもっと増やしていきたくなりました。

参考リンク


対人関係に上下はなく、人生に過去も未来もない--- 読書メモ「嫌われる勇気」 - 男一匹身体が資本

心配ぐせを直せばすべてが思いどおりになる

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嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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嫌われる勇気

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