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今語ろう! 我が心のマッスルマンガ!

筋トレしなければ!

男子なら、強烈にそのような動機を燃え上がらせる時期がある。スポーツで結果を出したい。マンガや映画などメディアに影響されて。モテたいから。

そのいずれもが、つまるところは、「強くなりたい」という、男子の欲求に帰結するのではないか。強くなりたい。それはもう、これ以上は分解できない、原子レベルの本能といっていいだろう。強くなればスポーツで勝てる。強くなればメディアの中のヒーローに近づける。強くなればモテる。

僕の場合は、メディアの影響が大きかった。僕の第一筋トレ期(筋トレしなければ! という動機が燃え上がりやすい時期。思春期あたりが相当する。いま考えた)は、スタローンやシュワルツネッガーといったマッチョなヒーローの全盛期だった。

男子のバイブルだった少年ジャンプでも、マッチョなヒーローが大活躍していた。あの「ドラゴンボール」だって、スーパーサイヤ人が登場して、バトル色が濃くなってくると、マッチョ志向になっていった。それはもう、時代の要求だったのだろう。

しかし、なんといっても、男子たちの心を鷲掴みし、彼らにウェイトを上げ下げさせる強烈な動機を植え付けたのは、「北斗の拳」ではなかったか。

北斗の拳」以来、僕の中に「マッスルマンガ」というジャンルができあがった。マッスルマンガ。それは、筋肉をうまく描けているマンガのことだ。

ここでいう「うまい」とは「リアル」ではなくて、男子の筋トレ熱を引き上げてくれるよう、かっこよくデフォルメされていることを指す。

そういう意味では、「マッスルマンガ」は、ほぼイコール「格闘マンガ」となる。格闘マンガ以外に、筋肉をうまく描けているマンガを見たことがないのだ。そして、格闘をうまく描け、さらに筋肉もうまく描ける漫画家は、少数だし、つまりは作品も少ない。

脱線するが、「格闘マンガ」イコール「マッスルマンガ」ではない。たとえば、「最強の弟子 ケンイチ」は、僕の中では「おもしろい格闘マンガ」ではあるが、「マッスルマンガ」とは位置づけていない。
筋肉の描写がそれほどうまくないのもあるが、主人公には「筋肉を太くせずに筋力を高める」という鍛錬が課せられており、「マッチョ=強い」という図式が、必ずしも成り立たないのだ。

つまりは、逆に言うならば、マッスルマンガには、マッチョ=強い、という図式が成り立っていることが欠かせない、ということになる。

マンガ的には、体格の劣る者が、優れる者に勝つほうが、おもしろいのだろう。それは否定しないが、マッチョを目指す僕からすれば、筋肉こそ正義、パワーこそ勝利であり、美形で細身の主人公VS悪役マッチョ、というような、あまりにもステレオタイプの展開のマンガを読むのは、遠慮したいのだ。
なんだか長くなってきたので、続く。

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